当帰膏の資料

当帰膏(神効当帰膏)の資料

南先生に許可を頂いたので、以前発表された当帰膏についての論文を
資料として掲載いたします。




第15回漢方治療研究会講演
神効当帰膏(当帰膏)について
大阪市 壺中天薬局
新居浜市 中萩診療所  南 利雄


緒言
神効当帰膏(以下当帰膏と略す)は『太平恵民和剤局方』が出典で、当帰・蜜蝋・胡麻油の三味からなる。それに紫根を加えたものが潤肌膏、それに豚脂を加えたものが紫雲膏である。紫雲膏が痛みや痒みに効くのは当帰の薬能によるところが大きい。薬味を当帰一味に専念して増量することによって、痛みや痒みに対してより効果的になる。紫雲膏に比べ、色や臭いも気にならないので使いやすく便利な軟膏であるが、知られていない。


神効当帰膏(増広 太平恵民和材)
火傷初起熛漿熱毒浸展して焮赤疼痛、毒気壅盛、腐化して膿を成すを治す。瘡口を斂し、肌肉を生じ、熱毒を抜き、疼痛を止める。
黄蝋 当帰 各一両 麻油四両
右件、まず油を用い、煎じて当帰を焦黒せしめ、滓を去り、次に蝋を入れ急に之を撹し放冷して、瓶合の内に入れ、使う時ごとに故帛子を以て塗りて之を貼る。


方法
当帰膏製造法:胡麻油を熱し、重合させた後に160度くらいで当帰を入れ、軽く焦げたら除去後に蜜蝋を入れ、溶解後にガーゼでこした後、軟膏ケースに流し込んでそのまま固める。
当帰膏を診療所内、および軟膏研究会において使用した結果を報告する。


結果
紫雲膏が効かない皮膚炎にも当帰膏が有効だったことも経験した。普段紫雲膏を使っている人には当帰膏の色や匂いはすべて好評だったが、紫雲膏を使ったことのない人には当帰膏の匂いも敬遠することもあった。予想しなかった効果として、リウマチの指の痛みに良かったものが数例あった。当初は怪しんだが、考えてみれば湿布が痛みに効くように、鎮痛効果のある高濃度の当帰を配合した軟膏が効くのは当然のことだろう。

以下は軟膏研究会の会員からの症例である。




伊添千寿(兵庫県)


〔症例〕

51歳女性 身長165cm 体重55kg

〔主訴〕

上下肢、腰背部のかゆみをともなう貨幣状湿疹

〔既往歴〕

18歳の時に縦隔腫瘍摘出

〔現病歴〕

平成14年7月頃より上記貨幣状湿疹出現
平成14年10月より二ヶ月間、近医皮膚科にてステロイド軟膏等による治療を受けるも改善せず。平成15年1月8日に当院受診

〔初診時の症状〕

手足や腰の冷えを感じる。疲れやすく、めまいやふらつきがよくある。手足がむくみやすい。月経後半に頭痛と嘔気があり、その時に皮膚症状も悪化する。
舌質:淡紅・白苔・歯痕
脈象:沈細

〔経過〕

内服薬は当帰飲子合五苓散を中心に処方し、外用薬として初診時に紫雲膏をしたが貨幣状湿疹が悪化したため、2診以降は当帰膏に変更した。貨幣状湿疹は徐々に改善し、平成15年10月には時々手背に貨幣状湿疹が出現する程度に落ち着き、平成16年1月以降貨幣状湿疹は出現していない。




荒木ひろし(茨城県)


1.ヘルペスの瘢痕と予後


女80歳
右手の指、甲、腕にできたもの。かさぶた状態の時に紫雲膏をつけ、そのあと当帰膏でよくなるまで続けてほとんど完治。(漢方薬併用)

男74歳
右足の胆径と胃経の経絡に沿ってできたもの。痛みがとれたあと、かさぶたになって残っている状態に非常によく効く。痕がなく完全によくなった。(鍼灸治療併用)

女54歳
腹部右側のわき腹から背部にできたもの。痛みが強く治りにくい。あまり効果なし。


2.アトピー性皮膚炎


男18歳
上半身・腹部・背部・首筋・顔面部にできる。漢方薬を服用し、当帰膏をつける。からだの方はかなりよくなったが、顔面部はよい時とひどい時の波がある。顔面部は赤く、汚出液もあり、よくなると皮膚が粉を吹いたようにかさつくことの繰り返しが長い。当帰膏をガーゼにはったり、直接塗ったりを続けているが、塗ると楽になるので現在二年間続けている。紫雲膏は臭いと色がつくので、当帰膏の方がよいとのこと。

男4歳
背中と膝裏、肘関節の屈伸部が特に悪い。当帰膏をつけると、かさつきが楽になる。(鍼灸治療併用)

女50歳
手指のアトピーが冬にひどく、かさかさする。肩背部も乾燥している。幼稚園の先生をしているので洗い物が多く、荒れ性なので(子供に接するので臭いも気になる)ということでつけはじめる。とてもよいとのこと。

女32歳
現在妊娠中でアトピーがひどい。漢方薬を併用し当帰膏をつける。紫雲膏だと表面がピリピリしてかえって刺激になるが当帰膏の方がよいとのこと。


3.皮膚のガサつき


女54歳
学校の先生なのでチョークを使うので指先が荒れる。とても効果があるとのこと。

女53歳
更年期障害もあってホルモンのバランスをかき、顔の皮膚が象の皮膚のようにガサつく(パサパサし、粉をふく)。口と眼の周辺なので刺激があると困るが、つけるとなめらかになり、よく効く。


4口・目の粘膜の炎症(口角炎・目尻がきれる)


男48歳
カミソリのあと唇の荒れ。匂いがよく、なめても安心なのでとてもよい。

女72歳
唇の角の切れ、目尻のキレと爛れに、刺激がなく香りもよくゆるやかなので、安心してつけられる。

女52歳
口角炎に直接つけると、よくきく(口中でもよい)。


5.吹き出物


女74歳
足の膝下に便秘になると痒みのひどくなる固まった湿疹がある。便秘してひどくなると当帰膏でも効かない。通じがあると痒みがひどくないので、その時のつけていると楽になるが完治までにはいかない。


〔まとめ〕


1.色・匂い・刺激がやさしいのが利点。

2.体全身につけるというよりも部分的な荒れ状態によい。

3.他の治療と併用し対処療法としての助けとなる。長い間つけても副作用の心配がない。

4.添加物のない生薬ハンドクリームという面が強いのでは。家庭常備薬によい。お年寄りの皮膚をかく瘙痒症にもよい。子供の手足につけて舐めても安心していられる。皮膚の敏感な人におすすめです。




西上茂樹(大阪府)


61歳女性
毎年、冬になると凍傷になり当帰四逆加呉茱萸生姜湯(ツムラエキス7.5g)を処方していましたが、7.5g服用すると浮腫が見られ2.5gのみ服用していましたが、当帰膏を塗布してからは服用の必要がなくなり、創部に塗っても他の軟膏のように痛みもなく「砂漠の中に水が入ったようにしみ込み楽になります」と表現され喜ばれました。
印象としては凍傷などの循環障害(瘀血?)には効果的ですが、アレルギー的な湿疹にはあまり効果がないように思われました。虫刺されには効果的でした。




考察

原典の当帰の分量は現在の量に換算すると、胡麻油1ℓあたり250gである。薬効を高めるためには良質の当帰を大量に使う必要があるので倍量の500gとした。当帰については、北海当帰よりも大深当帰が気味も濃いので適している。また古来当帰の湯揉みの評価については決定的な判断はされてないが、軟膏の原料として使うには精油成分の多いほうが適しているので湯揉みの少ないツムラの当帰を使用した。また以前は中国当帰の当帰尾が精油多く佳品であったが、現在は局方収載されていない。胡麻油は新宿の小野田製油のものが最適である。蜜蝋は不純物のなかにも薬効成分があるので、精製していないエチオピア産を使用した。


当帰膏を説明する場合には紫雲膏との比較が重要である。日本薬局方の製造法(表1)では先に蜜蝋を入れているが、生薬成分の抽出が悪くなり、生薬を入れた時に激しく泡立ち危険である。当帰膏の『和剤局方』も、潤肌膏の『外科正宗』も蜜蝋は最後に入れるよう指示している。


当帰膏と紫雲膏の各家の分量を表にしてみた(表2)。当帰膏の当帰は多い方が効果的なので、私の製造法は原典の二倍量使用している。日本薬局方は、造り方にも分量にも問題があるが、まず当帰の量が少ない。少なくてもそれなりに効くが、多いほうがさらに効果的である。当帰の量が少ないのは戦時中の物不足の時の影響かと思うが、現在は従う必要はないだろう。紫雲膏製造の際にも良質の当帰をある程度多量使用するほうが効果的な紫雲膏ができる。


蜜蝋の量も日本薬局方はとびぬけて多い。華岡青洲の二倍以上である。これは生薬を入れる前に蜜蝋を入れるので、生薬の揚げカスに吸われたり、冷却凝固後に軟膏を練り直して柔らかくするためにこの分量になるわけである。蜜蝋が多い分、薬効成分は少なくなる。華岡青洲の紫雲膏では、蜜蝋の使用量は他と比べて極端に少量であるので、一番最後に溶かして、ハマグリのような大きな貝殻に軟膏を流し込んで撹拌することなく凝固させていたと推測している。軟膏を練り直すと軟らかくなりやすいが、空気が多量に混ざり劣化が早く、すぐに嫌な臭いを発するようになる。私の製造法も紫雲膏も当帰膏も軟膏ケースにそのまま流しこんで凝固させているが、劣化は少なく、練り直す手間も必要ないので便利である。


最後に当帰膏についていろいろご協力をいただいた川崎市の尾形尚子先生にはお礼を申し上げます。


薬剤師・鍼灸師 南 利雄
漢方の臨床 第53巻第2号(2006)


表1

ゴマ油を煮て、ミツロウ及び豚脂を入れて溶かし、次いでトウキを入れる。トウキの色が焦げるのを度として火力を増し、シコンを入れて2~3沸させ、鮮明な紫赤色になったら速やかに火よりおろし、布でこして冷却して軟膏とする(日本薬局方)




表2

胡麻油 蜜蝋 当帰 紫根 豚脂
当帰膏(太平恵民和剤局方) 1ℓ 250g 250g
当帰膏(南製造) 1ℓ 200g 500g
潤肌膏 1ℓ 125g 125g 25g
紫雲膏(華岡青洲) 1ℓ 125g 125g 75~125g
紫雲膏(日本薬局方) 1ℓ 340g 60g 120g 20g
紫雲膏(南製造) 1ℓ 200g 200g 120g